No.01 2021/1/4更新
文:見並まり江
小学生たちは、すーっと、お客さんから経営者の目へと変わっていった。
「大通りの店だと、テイクアウトのお客さんも多い」
「学校に近いと、寄り道の定番になるなぁ」
駅周辺に、約10店舗のハンバーガーショップがひしめく東京・代々木。
この激戦区に、新たにハンバーガー店を構えるという想定で、小学5,6年生の10人が3グループに分かれて話し合った。
データサイエンティストの育成を手がける企業「Rejoui(リジョウイ)」=代々木=が2019年の夏休みに、「小学生のためのデータサイエンス体験講座」を開催した。
人口や人流といったデータを集めて仮説を立て、街に飛び出して実際の人の流れを確かめる。
そのうえで、出店にふさわしい場所を考えることを学ぶ。
この講座を手はじめに、どう事業を育て、広げたのか、Rejouiの“シンデレラストーリー”を、同社の広報やマーケティング分野を担当する取締役の私、見並まり江が報告する。
さきほどの小学生の講座は、Rejouiの社長でデータサイエンティストの菅(かん)由紀子が講師を務めた。
「人気のハンバーガーショップには、どんな秘密がある?」
そう尋ねると、
「お小遣いで買うことができる」
「ネットにつなぎ、通信ゲームができる」
と子どもたちは顧客の視点で語る。
想像をめぐらせ、どこに出店するかの仮説を打ち出す力は、課題解決をするとき、とても重要な能力だ。
その仮説から生み出される打ち手を、より説得力があり、よりよい内容へと、力強いものにするのが「データ」である。
子どもたちは、現場で観察して得られるデータを求めて、実際に代々木の街に出た。
「近くの店はお客さんの長い行列。並ぶのを諦めた人が来店するかも知れない」
「大通りでも、横断歩道から遠い。駅がある反対側から、わざわざ来るかしら」
こうして出店にふさわしい場所、そうでない場所を選び出していった。
参加した5年生の女児は、「クラスの話し合いでは、いいなと思うことを何となく決めていた。データを根拠にすることを知ったので、自信を持って決められるようになります」と感想を述べた。
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このような思考は、大人の世界では、もっと使う機会が増える。
データを分析し、そこから得られた知見をビジネスや社会の施策に生かす「データサイエンス」は、世界中で活用されている。
Rejouiは2016年に設立。
女性や子どもをはじめ、初学者向けに身近な事例を使ったデータサイエンスの教育プログラムを提供する。
読み方の「リジョウイ」に、理性・理論・理想・数理の「理(リ)」、情熱・感情の「情(ジョウ)」、意思の「意(イ)」の意味を込める。
データサイエンティストに欠かせない姿勢と、自社の姿を重ねたものだ。
2020年の4月、「全国の小学生向けに統計・データサイエンスの講座を開催したいので、話が聞きたい」と電話が入った。
前年に開催した小学生の体験講座を記したホームページのレポートに目を止めた、総務省と独立行政法人統計センターが設立した統計データ利活用センター=和歌山市=の職員からだった。
ちょうど、新型コロナウイルスが猛威をふるい、全国の小中高校は休校となり、相次いで入学式が延期や中止された。
ウイルスの拡大に、憶測や根拠の無い情報がネット上に飛び交った。
予測が不能な時代だからこそ、情報を選び取る力が求められる。
データを読み解き、どのように選択するかを決定しなければならない。
統計やデータサイエンスが求められていた。
「小学生にデータサイエンスは、難しすぎるのではないですか?」
職員の問い合わせに、菅は「楽しければ、夢中になって、思い描いた課題の解決方法を話しだします」と答えた。
しかも、小学生が習っていない2次方程式といった数式を使わずに学べることも言い添えた。
こうして講座を、Rejouiが開設することになった。
だが、わかりやすくなければ、子どもたちは敬遠してしまう恐れがある。
どのような事例を用いるかによって、成否はわかれる。
「学んだことがないことに、ついていけるか不安だ」という声が参加希望者を対象にした事前のアンケートにあった。
「財政を取り上げるのは、どうだろうか」という提案も総務省側から寄せられた。
小学生に関心を持ってもらえるだろうか。
もっと身近なテーマ・・・・・・と、社内の従業員たちは考えをめぐらせた。
「ナイチンゲールは?」
そんな発案に、「いける」という声が社内に広がった。
イギリスの看護師でクリミア戦争時に献身的な看護をしたナイチンゲールはその後、病院を建てた歴史上の偉人だ。
一方、統計家としての一面も持つ。
クリミア戦争の兵士は、主な死因が戦闘ではなく、傷口の感染症であったことを、統計学を用いて解き明かした。
彼女の名は、社会科などで習い、ほとんどの子どもたちが知っている。
小学生を対象にしたオンラインの「わくわく!統計アカデミー for KIDS 」は、50人の定員に100人を超す応募があった。
このため開催を1日から2日に増やして、申込者の全員が受講できるようにした。
講座がはじまると、すぐにナイチンゲールの名前が登場。
「知っている!」と、子どもたちは口々に語った。
死因と統計の話になると、「統計学者でもあったんだ」という反応が返ってきた。
この年は、ちょうど5年に一度の国勢調査の年。
各家庭に調査票が直接届けられている。
小学生たちは、自宅の居間や食卓に置かれた調査票を目にしていた。
全国の世帯に対して実施される調査と、そのデータがどう生活に関わるかを学んだ。
それは、自分の生活と統計が結びついた瞬間でもあった。
代表の菅は「総務省の事業をきっかけに、弊社は、大きな成長の軌道にのりました」。
鉄道や家電、建材メーカーなどの大手企業から声がかかるようになった。
内閣府は一昨年、「AI(人工知能)戦略」を公表した。
国内のデータサイエンスと統計リテラシーの教育に言及して、基礎教養は、かつては「読み・書き・そろばん」だが、デジタル社会になると「数理・データサイエンス・AI」へと変わると指摘する。
いまや、データサイエンスは大人になって学ぶのではなく、子どものうちから教養として身につけるべきスキルであるというのだ。
国の指針に呼応して、大学生や社会人を含めたデータサイエンス領域でさまざまな研修が求められ、Rejouiに新たな仕事が舞い込んだ。
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新(2022)年度、高校教育にデータサイエンス・機械学習が必須科目として組み込まれる。
その教員養成と教材開発を、総務省統計研究研修所が依頼してきた。
高校生にデータサイエンス教育をおこないたいが、教える人材と教材が不足しているというのだ。
「勉強はしたいが、何から学んだらいいかわからない」
「難しすぎて、自分には無理なのではないか」
このような疑問は、ほとんどの初学者から寄せられる。
この最初の関門に応えるため、Rejouiでは、大学教授ら有識者のアドバイスを受けて、AI人材育成のための教材を開発した。
「高等学校における『情報II』のためのデータサイエンス・データ解析入門」だ。
家業のケーキ屋で売れ残りを少なくするために、高校生が一日の売行きの予測を立てるといった身近な例を演習に取り上げたほか、専門的な数学の知識がなくても理解できるようにツールの使い方も解説した。
データサイエンスという、人類に幸福をもたらす知を、小学生から大人まで手にしてもらいたくて、Rejouiは突っ走ってきた。
会社の設立から6年。
そんな願いがあったからこそ、時代と社会の大きな流れに乗って、人々に貢献する仕事が果たせた。
従業員も約20人へと倍増した。
昨年12月12日付の朝日新聞によると、全国で初めて滋賀大が17年にデータサイエンス学部を設立したのをはじめ、データサイエンス系の学部は横浜市立大、長崎大など約10大学を数えるという。
専門学校を含めると、全国で約80課程(プログラム)が実施されている。
ビジネスの場で求められるデータサイエンスだが、文系の生徒や学生には、敬遠されがちだ。
菅は「データサイエンスは、理系の特定の業務を担う人材にだけ求められるスキルではありません。生活の中で、生きるうえで、誰もが持たなければならないスキルです。こうしたニーズはますます拡大すると考えられます」。
家電、パソコンと、日本が世界を席巻していた産業は今や他国が主導。
日本経済を牽引する自動車産業も、電気自動車の追撃を受けている。
データサイエンスは、産業のみならず、医療、農業、経済といった分野を飛躍させる切り札となる。
その未来を切り開くのは、子どもたち自身だ。
Rejouiは、データサイエンスを、多くの人に「難しそう」から「身近なおもしろいもの」に思ってもらえることを使命に、視線をさらなる未来へと向けている。
■データサイエンスに関心を持たれたみなさんに、次の書籍が参考になります。
『教養としてのデータサイエンス』(講談社 2021)
『分析力を武器とする企業』(日経BP 2008)
『データ活用実践教室』(日経BP 2015)
執筆者
見並まり江
株式会社Rejoui 取締役(広報・マーケティング担当)、メディア・広報研究会ホームページ「みんなのストーリー」編集長。
女性向けマーケット分野でデータ利活用支援のコンサルタントに従事後、前職で企業のデータ活用基盤の構築やデータに基づくマーケティング施策立案に携わる。